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東京簡易裁判所 昭和48年(むのイ)1699号 命令

被告人 自称 司久

被告人 自称 司久

主文

本件逮捕状請求を却下する。

理由

本件逮捕状請求は、被疑者の特定しない段階においてなされたところの違法のものである。すなわち、本件逮捕状請求書の被疑者氏名欄には、「氏名自称司久 いう年令五〇才位、身長一六五~七〇センチ位、髪長くメガネ使用、一見芸術家タイプ、職業自称  能面師、住居  不詳」との記載がある。ところで、一件記録によると、本件は被疑者が、近代絵画イタリア展会場内に赴いた被害者に対して、自らが京都に二、三代も続く能面師司久である旨宣伝しつつ実価五〇円程度の木彫り能面を現金五、〇〇〇円にて買わせたいわゆる骨とう詐欺の事案であるところ、被疑者は犯行後いずかたともなく逃走し、且つ被疑者が被害者に申立てた住居は捜査の結果実在せず、京都に二、三代続いた能面師司久なるものも実在しないことが判明したものである。請求者側の口頭疎明によれば、目下被疑者の筆蹟を鑑定に出し、被疑者の割出し中とのことであつた。

ところで、右の事情を前提として、刑訴法二〇〇条、六四条二項に定めるところの被疑者の特定があるか否かを検討するに、同条にいうところの「人相、体格その他被疑者を特定するに足る事項」の記載とは、通常、氏名  もしそれが不明の場合は、少なくとも通称程度は判明し、さらにそれを他の諸特徴で補つた程度の記載が最低限要求されるものと解されるところ、本件においては「司久」なる自称名は、偽名であることが明らかであつて本件被疑者の特定に資するに必らずしも充分でない上に他の諸特徴も、被疑者を特定するに足る記載であるとはいい難く、結局本件逮捕状の請求には、法律上要求されている被疑者の特定に関する記載(刑訴規則一四二条一項一号、二項)を欠くと判断せざるを得ず、本件逮捕状の請求は却下のほかはない。本件については、さらに筆蹟鑑定等の補充捜査を充分に経た上で被疑者の特定に充分を期した上で逮捕状の請求をなさねばならなかつたものであることを附言する。

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